2008年12月24日水曜日

26.リビングウィル

終末期に医者がいろいろな治療法を、老人患者や家族に説明して、リビングウィル(延命の意志)を確認するということが行われています。これは患者本人の意識がハッキリしている間に、なるべく早くやるべきだと思います。そして患者は、無駄な延命治療を拒否するべきです。家族の疲労や医療費負担、それに国の税の無駄遣いや医師の酷使などを考えることができる状態なら、ここは遠慮するのが日本人の死生観ではないでしょうか。意識がハッキリしている間に無駄な延命治療を、謙虚な気持ちでお断りしておくのです。寿命がくれば、じたばたせずに自然に終末を迎える覚悟を持つことです。
「このままでは皆に迷惑をかける。ここまで長生きしたのだから、家族でも心底から悲しむ人はいない。かえって長生きしたと喜んでくれると思う。自分はこの世のお荷物になったのだから、寿命がきたら、無駄な延命治療はいらない」
人間はこのような状況が来ることを、予め覚悟しておくことが大切です。そういった感性が貴重です。感性が鈍ってきたと感じ出したら、リビングウィルの内容をハッキリと決めるべきです。
緩和医療というのがあります。死を告知されたガン患者に対して、痛みや苦しみを緩和させる治療です。これには、患者も医者も異存はありません。死を告知されたのだから、あとは苦しまないようにするしかないと思います。ところが、心臓や肺の不治の病の場合は、事情が違ってきます。いつ死ぬか分からないからです。これらの病気は、緩和治療ができません。この場合、インフォームドコンセントが望ましいと思います。痛みや苦しみの緩和ができず死に近づいてきている場合、命を終わらせる権利を事前に持てるようにしておくことです。医者と患者、そしてその家族が合意の上でその権利を行使することができるように、事前に決めておくことが必要だと思います。この場合も単なる延命治療で苦痛の道を選択するのではなく、一定の状況になった場合には、命を終わらせることを決めておくべきだと思います。
死光り(しにびかり)という言葉が、江戸時代にあったそうです。死に際が光る、つまり立派な死に際を意味する言葉です。ほかに、死に花を咲かすという言葉もあります。立派な死に方をして、後に名誉を残すという意味です。

死に花を もっと咲かせる 仏哉     一茶      (明日につづく)

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