2009年1月30日金曜日

43.画期的な景気刺激策

新贈与のことはともかく、国の税収が減るかどうかという疑問です。答えは、「確かに当該の税収は減るが経済効果が絶大なために、それを充分にカバーしてお釣りがくる」と私は考えています。
たとえばこの制度で1年間に500兆円の資産が、若い世代に移ったと仮定します。そのうちの三分の一、約170兆円を不動産、動産、宝石、自動車などの高価格品の購入に使ったとすると、消費税はじめ取得税・売買税や小売店やメーカーの所得税・法人税まで含めると、30兆円以上の税収が見込めます。最近の相続税の歳入額は、年10兆円台の前半ですから、これだけで3年分の税収はカバーできるのです。2兆円のバラマキ交付金などは、スケールが小さすぎてお笑い種ですよね。つぎに三分の一の170兆円が、金融市場に向かったとします。株・債券・デリバティブなどに大変な好影響を与えることになり、日本国内の各時価総額は間違いなく上昇します。 大変な景気対策になります。
残りの170兆円や500兆円は、もっと劇的に日本の国を活気付けるはずです。すごいことだと思いませんか。
スイスの多くの州では、相続税が0~2%だそうです。その理由は、親が長年税金を払ってきた残りの財産に、さらに税金をかけるのはおかしいとのこと。私のアイデアと一見反対のように見えますが、二つの点で共通しています。私の相続税100%+贈与税0%のアイデアは、実質的に相続税0%だからです。ただ生前に早く相続させるために、贈与税0%とした点が少し違うだけです。もう一つに共通点は、財政が相続税に頼っていない点です。税で取り上げるよりも、子供たちに使ってもらう方を選択している点が同じです。
ともかくこのアイデアは、あくまでも考え方を示したものです。死後にしかもらえない生命保険は国のものになるとか、何歳以上からこの制度を利用できるのかとか細かいことはたくさんあります。これはあくまでも、一つの考え方なのです。相続税を100%とせずに、60%にして、贈与税を0%とせずに20%にしてもいいのです。考え方として、年寄ができるかぎり早く若者に資産を渡すようにしたいのです。(月曜日につづく)

2009年1月29日木曜日

42.新贈与

現実問題としてこのアイデアでは、国の税収(相続税や贈与税など)が激減するのではないかという疑念が起こることでしょう。
今の日本は、相続税の累進性と贈与税にがんじがらめにされています。それでも、数年前から税制が改善されました。いわゆる新贈与というものです。生前に贈与すると2000万円を控除でき、それ以上の額については当座20%の相続税を納めればいいという内容です。少しではありますが、進歩しました。しかしこれも実際の相続が行われる時、つまり親が死んだ時には、本来の相続税との差額を支払わねばなりません。国への支払額は同じなのです。支払わなければならない税金は同じだけれども、早めに相続できるというのがこの法律のメリットです。
長寿社会の危機について、政治家や官僚が少しだけ目覚め始めている兆候でしょうか。(明日につづく)

2009年1月28日水曜日

41.取って置きのアイデア

取って置きのアイデアです。1000兆円にも及ぶ65歳以上の年寄の資産を、若者にシフトする方法です。大雑把な言い方になりますが、こういうことです。

「相続税を100%にして、贈与税を無税にする」

かなり大胆な案です。
ここは細かいことに捉われずに、考え方としてこのような表現を使いました。まず相続税を100%にするとどうなるか。死ぬまで財産をもっていたら、全部国庫に持っていかれます。早く財産を手放さないと、子供に残してやれません。子供も親に、早く手放すように勧めるでしょう。そこに渡りに船。贈与税は無税です。
親が財産を死ぬまで持っていたら全部国に没収、死ぬ前に相続したら贈与税はかからないということです。親の財産は、100%子供のものになるという制度です。すばらしいアイデアだと思いませんか。
それでも、財産を放さない親はいると思います。財産を放したくないという気持ちや欲望が強すぎて、単純な計算ができなくなっているのです。こんな強欲な年寄は、例外ですから放っておきましょう。ほとんどの年寄は頃合いを見て、生前贈与の手続きに入るでしょう。もちろん子供には公正証書で、死ぬまで面倒を見てもらう約束をします。子供も喜んで受け入れます。何しろ親の財産が今、全額は入るのです。1000兆円の資産はあっという間に、年寄から若者に移ります。(明日につづく)

2009年1月27日火曜日

40.老対若

「年寄と若者」はある意味、「現在と将来」という風に考えることができます。そのように考えると、あらゆる政治問題が分かりやすくなります。前に書いた外交、消費税、官僚問題。これらを、「現在と将来」というリトマス試験紙で調べればすぐに判断ができます。政治の分かれ目がハッキリするのです。年金や老人福祉の問題なども、「年寄か? 若者か?」という基準で考えれば、容易に答えが見えてきます。
一見この基準とは関係ないと思われる政治問題についても、判断がしやすくなります。東京オリンピック招致、裁判員制度、外交。外交でも竹島や毒ギョーザ対中問題などは即座に判断できます。グルジアの南オセチアや北アイルランド紛争など、日本と関係の薄い外交問題についても、目先か将来かいずれが国益につながるかと考えれば論議しやすいでしょう。先送りするのか、今すぐ対応するのか、折衷案を許さずどちらか一方を選択するようにするのです。
「年寄党」と、「若者党」の二大政党がこのように主張をハッキリさせれば、国民が政治を理解しやすくなります。政治に興味を持ちます。だから国民の政治的無関心も改善されます。現在の自民党、民主党の最大の関心事である無関心層。いわゆる政治的無関心層は減ります。無関心層の動向で選挙結果が変わるなどという、馬鹿げた状況から脱却できるのです。また、投票する無関心層は、政治にまだ関心があるといえます。本当の無関心層とは、政治に何の期待も抱いていない人々です。特に若者が多いと思います。これらの若者が政治に関心を持てば、1500~2000万票掘り起こせるのです。彼らが期待感を持てば、投票所に行くはずです。
このように、「老」対、「若」という普遍性を持ったテーマを政治判断の基準とすることは、低迷する日本の政治状況を劇的に変化させるキーなのです。(明日につづく)

2009年1月26日月曜日

39.二大政党

仮に、「年寄党」と、「若者党」の二大政党に分けたとします。「年寄党」は、当然のことながら年寄を大事にする政策を訴えます。保守政党です。自民党員は他の党よりも年寄が多いから、「年寄党」に流れる政治家が増えるものと思われます。共産党や社民党も、日ごろ弱者の味方といっていますから、「年寄党」に入党するかもしれません。まさに、呉越同舟ですね。
財政再建や日本の将来を重視するのが、「若者党」です。公共事業はいうに及ばず、福祉や年金を削減してでも、日本の将来を担う人たちを優先する政党です。年寄党が保守的なのに対し、こちらは革新的です。
この二大政党に分けて、政界再編を断行するべきだと考えます。国民には非常に分かりやすい対決になります。「年寄か? 若者か?」 人間の存在の根源を問う論争になること、必至です。
年寄が全員、「年寄党」を支持するとは限りません。年寄の中には、「自分たちの面倒を見るよりも、若い人たちを大事にしてやって欲しい」といった考えの人もいることでしょう。反対に若者の中には、「自分たちを生み、育ててくださった年寄の方々を、いつまでも大事にしてあげてください」と主張する人もいることでしょう。このあたりのところが重要です。私が最も主張したいことの一つは、この謙譲の精神なのです。今、古来より受け継がれてきた日本人の道徳観が、壊れつつあります。公徳心などという言葉は、もはや死語同然です。年長者に対する畏敬の念も、廃れてきています。このままでは日本人が、どこに向かって進んでいくのかわからなくなってしまいます。政治や経済の混迷も大きな原因です。政治家や社会のリーダーたちの生き様も、国民を納得させていません。
いまこそ、「日本人はいかにあるべきか」という大事な命題を、真正面から論議するべきです。論議するべきだと私が騒いでも、誰も論議などしません。論議せざるを得ない状況を作り出すことです。それには国を二分する大命題、「年寄か? 若者か?」 をめぐって、二大政党制にすればよいのです。「年寄党「と、「若者党」の二大政党です。(明日につづく)

2009年1月23日金曜日

38.阪神タイガース1万回優勝

年寄対若者のせめぎあいというのは、人類にとって永遠のテーマです。人類が地上に出現して以来、人間は子供を生んで育ててきました。育った子供は大人になり、孫を作ります。そして自分は年をとり、死んでいくのです。人生という限られた時間の中で、若者は子供を作りやがては年寄となって死んでいくのです。この繰り返しの結果、現在のわれわれの存在があるのです。
死んでいく年寄を優先するのか、これからの時代を担う若者を優先するのか、この一点で二大政党に分かれて戦うべきです。これが私の主張です。
お金が年寄から若者にシフトすると、いろいろな効果が見えてきます。先日書いたように、お金がそれを使える年代の人たちに移ることによって、劇的な経済効果を生み出すことでしょう。景気は絶対によくなります。何しろ眠っている1000兆円の金が、世の中に出回ることになるのですから。
阪神タイガースが優勝すると、1000億円の経済効果があるという試算があります。1000兆円ということは、阪神タイガースが1万回優勝するのと同じ経済効果なのです。タイガースが毎年優勝したと仮定しても、1万年かかる経済効果が、ほんのわずかな期間で可能になるのです。
これが実現すると、若者の教育費にもっとお金がかけられます。すぐにお金にならない数学や物理学などの基礎研究や、哲学・芸術分野などに取り組む若者が増加します。ノーベル賞の受賞者は、もっと増えるのではないでしょうか。(来週月曜日につづく)

2009年1月9日金曜日

37.二重行政

行政の無駄遣いは、莫大な金額になります。
定年間j近の官僚に、ポストと給料を与えるために作られた特殊法人。これには税金が、毎年何十兆円も投入されてきました。もちろん必要とされる組織もあるでしょうが、不要なものも一杯あります。一般職の国家公務員33万人のうち20万人は、地方に張り付いています。いわゆる二重行政です。民主党の長妻議員は、国家公務員33万人のうち10万人はいらないといっています。先日の新聞を見ても、政府の地方分権推進委員会が、見直し対象としている出先機関の国家公務員の数は9万6千人、執行する予算規模は10兆円だとありました。
でも、10万人の首を切ることが、実際にできるのでしょうか。自民・民主どちらの党なら実現できるのでしょうか。たぶん、どちらも無理です。なぜなら、官僚の首を切ることが国論を二分するような問題とはならないからです。自民・民主と霞ヶ関との間で、国民不在の不毛の論議が繰り返されるのがオチです。だから、官僚問題も政治の分かれ目とはなりにくいと考えています。
私は、政治の分かれ目になれるものは、「年寄対若者」問題しかないと思っています。なぜならこの問題は、若者から年寄まで日本人全員に関係するからです。
・年寄を大事にする政治か、年寄から若者に重点を移す政治か
・このまま、財政赤字を増やしていくのか、ある程度、弱者(年寄)に泣いてもらうのか
・豊かな年寄と貧しい若者の格差解消による不平等感の一掃
等など、争点はたくさんあります。年寄に対して使われている膨大な予算を、若者にシフトするかどうか。この一点だけでも、大論争となること必定です。日本の国を二分する、政治の分かれ目となること請け合いだと思いませんか。(2週間ほど休みます。23日につづく)

2009年1月8日木曜日

36.自民党と民主党

自民党と民主党が、政策論争をしています。私は、どちらの党がより国民の味方なのかよく分かりません。たぶん両者とも、国民の味方なのでしょう。年金、雇用、景気対策、どれ一つとっても、論点がよく分からないのです。よく似ているのです。だから目隠しをされて、両党のマニュフェストを述べられても、どちらの党のものか見当がつきません。それほど分かりにくいのです。
今の日本の国にとって、政治の分かれ目をハッキリさせるということは最も重要なことです。そして政治の分かれ目となる政策は、国民が判断しやすいものにするべきです。
たとえば外交。ソマリア沖に海上自衛隊を派遣するかどうかでは、国際世論の方向を向くか向かないかの違いだけであって、国民には政党の理念や政策の違いが分かりません。多少の違いはあるのでしょうが、私がいっているのは国論を二分するような議論にならないということなのです。
次に消費税。上げるか上げないかがはたして、両党の論点になるでしょうか。たぶん上げるという点では、両党とも同じなのではないでしょうか。消費税そのものに反対する社民党と共産党はマイナーなので、この際失礼ながら省略させてもらいます。上げる時期や率とか、目的税化とかが論点になるようでは、国民に両党の違いを訴えることは無理です。
次は官僚問題。公務員や予算の削減は重要なテーマです。霞ヶ関対自民党という構図の中のまま改革するか、それとも民主党に委ねるか。これも、どちらの政党が政権をとっても変わらないと思います。中国共産党に限らず、洋の東西を問わず、役人の役得や利権は不変のものです。民主党が政権をとったからといって、官僚問題に鉄槌を下すことはできないでしょう。民主主義ですから、司法・立法・行政は三権として独立しております。勇ましいことをいっても、憲法で守られた行政権を、一政党が劇的にコントロールすることなど無理です。(明日につづく)

2009年1月7日水曜日

35.年寄対若者という構図(その2)

ともかく祖父母から親、親から子へと受け継がれてきたバトンが、なかなか受け継がれなくなっているのです。長寿社会になったために、再生産や投資をしない年寄に資産が集中してしまっています。
もしも昔のように、50歳前後で相続していればどうなるか? 家の新築や増改築、車やヨット、あるいはゴルフの会員権を買うかもしれない。つまり世の中に、お金が出回るのです。1000兆円のお金が、いろいろなものを求めて動き出すのです。日銀が景気対策をやるよりも、どれほど劇的な効果が期待できるでしょうか。
仮の話ですが、年寄の平均寿命が10年ほど下がるだけで、大変な経済効果が期待できるのです。
ともかく、リッチな年寄に対して若者はプアすぎる。私はこのギャップが、大きな不平等感の原因だと考えています。高齢化社会に突入した現在、喫緊の課題はこの、「老」と、「若」のギャップを埋めることしかありません。
「長生きはめでたい」とか、「年寄は敬うべきだ」といった旧来の固定観念を見直すべきです。敬老思想というタブーに、疑問を呈さざるを得ぬ状況が発生しているのです。敬うべき人は敬うのが当然ですが、ただ生きているだけで迷惑だけかけている人をどうするのか。何が何でも敬老というのは、少しおかしいと考えなければならないと思うのです。
日本の政治家は、このことが国の将来を決する政治のツボであることを、全員が自覚するべきです。このことを俎上にあげ、問題提起している政治家は今、皆無なのではないでしょうか。(明日につづく)

2009年1月6日火曜日

34.年寄対若者という構図(その1)

国民の資産1500兆円のうちの三分の二、1000兆円は65歳以上の年寄が持っています。65歳といえば、ほとんどの人がリタイアしている年齢です。今まで何十年も仕事をしてきたのだから、貯金があるのは当然です。退職金も入っていることでしょう。年金受給資格もある。
しかし現実問題として、残りの人生に旅行か趣味のゴルフくらいしか楽しみのない年寄に、国民の資産は集中しているのです。その最大の原因は、長寿社会の到来です。女子86歳、男子79歳にまで平均寿命が延びたのです。昨日書いた、年金を使いきれずにいる夫婦などもこの範疇に入ります。
今80歳代の年寄が働き盛りだった頃は、平均寿命が70歳くらいでした。つまり、自分たちが働いていた現役時代に親が亡くなり、遺産が入ったのです。遺産が入り、しばらくしてリタイアして退職金が入り、またすぐに年金がもらえたのです。そして80歳を越えた現在、最も豊かに暮らしているのです。30年以上、年金をもらっている年寄ばかりです。
その80歳代の年寄の、息子はどうだろうか。息子は60歳を越えても、親が健在だから遺産はまだ手に入らない。家や車を購入する年齢は、すでに過ぎてしまっている。息子も年寄の仲間入りをしているが、その親である大年寄は生きている。使い道のない金や宝石類をタンスに入れて、先祖から頂いた広い家で暮らしている。
よく、借りてでもお金を増やそうとするアメリカ人、借りるよりも貸しを作ろうとする中国人、ともかく貯めるだけの日本人といわれます。今の年寄は、その日本人の典型です。お金を貯めるだけで、使おうとしません。いや、使えないのです。
その孫はといえば、30歳代です。就職に失敗したので、フリーターをやっている。親はうるさいが、結婚する気も金もない。祖父の財産も、自分が受け継ぐときには、相続税に持っていかれてほとんど期待できない。将来に対して、夢も期待も持てない状態なのです。(明日につづく)

2009年1月5日月曜日

33.豊かな年寄

若者の惨状と比べて、年寄は豊富な年金と財産、それに恵まれた医療制度や施設で悠々自適です。
そんなことはない、後期高齢者医療保険で、少ない年金から天引きされて苦しんでいるお年寄がテレビに出ていたとおっしゃる。あれは、貧乏な年寄の一例に過ぎません。全員があのような状態であるかのように、錯覚してはいけません。冷静に考えてみれば、よく分かります。テレビ局が制度に不満を持つ年寄を、探し出しているだけのことです。まさか役所から教えてもらうことはないと思うが、役所に苦情をいいにきた年寄を待ち構えていて、取材に協力してもらっているのではないでしょうか。あるいは、テレビ局に苦情を持ち込んだ年寄かもしれません。ともかく、不満のある年寄を探し出して、放映しているだけです。
大部分の年寄は、黙っています。リッチな年寄は当然として、何とか暮らせる年寄たちは何も言いません。黙っています。
一部の年寄がテレビで不満を訴えると、視聴者は年寄全体の問題であるかのように錯覚します。そう、錯覚です。大部分の年寄は金を持っており、医療制度の恩恵に浴しています。安心して老後を暮らしている年寄の比率は、安心して生活をしている若者の比率と比較して、圧倒的に高いことは明らかです。
この間、こんな話を聞きました。94歳のご主人と90歳の奥さんの話です。二人は民間の老人ホームに入居しています。二人とも元教師でした。55歳まで30年以上働いたそうです。昔の給料は安かったので当然年金も安かったのですが、スライド制ということで物価に合わせて年金も上がっていったそうです。当然のことながら、教員の年金にも加入していたので、今かなりの額を受け取っているとのことです。具体的な金額は聞けませんでしたが、たぶん25万円以上受け取っていると思います。二人で50万円以上です。二人とも年金を、40年近く受け取っているのです。すごいですね。もっとすごいのは、子供さんのことです。子供さんも年金を受け取る年齢になっているのです。老人ホームで暮らしている両親の生活費は、食費を含めて1ヶ月25万円ほどだそうです。お金を使うことがありませんから、毎月25万円以上残るそうです。そのお金と自分の年金を、子供が受け取っているとのことです。なんと、働かなくても大きなお金(たぶん100万円以上・・・・・・ただし2か月分)が、厚生労働省から定期的に振り込まれてくるのです。あきれませんか?
若者は、3Kの仕事で汗と泥にまみれて働いても、十数万円の収入なのです。これでは、不満が高まるのは当たり前ではありませんか。(明日につづく)

2009年1月2日金曜日

32.内戦の原因

近年ユーゴスラビア、チェチェン、コンゴ、ソマリアなど、世界中で内戦が起きました。去年は中国のチベットや新疆ウイグル地区などで起こっています(正確に言えば、内戦というよりも暴動といえるかもしれませんが)
それらの原因は、民族問題・宗教・利権などいろいろあるでしょう。しかし、それらは根源的な原因ではありません。それらが原因だとするなら、世界中でもっとたくさんの内戦が起こっているはずです。アメリカなど、内戦だらけの国になります。
私は、その根源的原因が、「不平等な扱い」に尽きると考えています。支配層が被支配層に対して、不平等な扱いをする、それが積もり積もって臨界点に達し爆発するのです。民族感情や宗教の違いは、その触媒の役割をはたしているに過ぎません。
古代ローマ帝国でも五賢帝時代のあと、各地で反乱が起こりました。これをおさめるべく、ローマの支配下にある全ての地域に、平等な市民権が与えられました。しかし思惑とは逆に、ローマに財産や教育が平均以下の大量の市民が押し寄せ、皮肉にも階層化(不平等化)への道を歩みだすこととなりました。そして、内乱状態になっていったのです。それほど不平等という観念は、厄介なものであることを、歴史が証明しております。
日本でも、すでに内戦が始まっています。その原因は、「不平等な扱い」です。いまや不平等は、社会に蔓延しています。教育、福祉、雇用、経済・・・・・・・。格差は広がる一方です。官民格差、雇用格差、地域格差・・・・・・・。優位にある者はますます優位になり、反対に劣勢にある者はますます劣勢になる。その際たるものが、年寄対若者の格差です。なぜなら資本主義の根幹をなす、「お金」が年寄と若者の間で不平等になっているからです。不平等とは、単なる予算配分を指すのではありません。お金の所有分布も含まれます。富が偏在すれば、不満は高まる。特に若者のお金に対する不満は、誰にその責任を追及したらいいのか明瞭でなく、はけ口がありません。
人並みの教育は受けたけれど、いい就職口がない。就職できても、給料は安い。給料が安いから生活に追われ、貯金ができない。結婚もできない。病気が心配だ。病気をすれば失業する。失業すれば、条件の悪いところしか働き口がない。そんな仕事でも、あればましな方だ。今生きていくのが精一杯で、将来のことなど考えられない。こんな人生でいいのだろうか。不満と不安で一杯だ。
これが、いわゆるワーキングプアといわれる若者たちの現状です。この十数年来、独身者が毎年増加しています。また、婚期が遅くなっています。みんな将来の設計図が画けないからです。
若者たちは、超長寿時代の到来に、気付いていたのではないでしょうか。(5日月曜日につづく)