2009年2月3日火曜日

45.新聞社の提言

去年6月16日付読売新聞に新聞社の提言として、「人口減・超高齢社会にふさわしい年金制度はどうあるべきか」という記事がありました。朝日・日経・読売の専門記者の座談会の記事です。どの記者の意見も同じようなものでした。基礎年金は税方式に移行するのか、現行の社会保険方式を維持するのか。現行維持の場合は、非正規労働者の厚生年金加入促進を強化するべきだとか、税方式に移行するまでの間は旧制度と並存させるのがいいとか・・・・・。
これでは官庁と同じ発想です。官庁の取材が長すぎて、官僚病が記者に移ってしまったのでしょうか。
私の意見はこうです。年金にこれ以上予算を突っ込まないことです。現状の予算は、年とともに減っていきます。労働人口が減少するからです。予算が減ったからといって、お金を補給してもキリがありません。受給者の数と納付者の数が、違いすぎるからです。解決方法は、年金額を減少するしかないのです。
ところが、予算の減少に伴って年金を減らすなどという発想は、官庁にはありません。そんなことをすれば、非難されるだけです。しかしこれは長年、怠慢で無責任な行政を放任してきたツケなのです。20年以上前から分かっていたことなのです。無為無策、または触らぬ神に祟り(たたり)なしということで、年金行政は置き去りにされてきました。その結果として、今日このような状況を迎えているのです。だから、現状を認めるしかありません。認めた上で、年金が減って餓死する人への対策とか、まだ働ける年寄に働いてもらうなどの対策をとるしかないと思うのです。もちろんこれは私個人の意見ですが、この問題一つをとっても、国論を二分するのではないでしょうか。何としてでも年寄の年金を確保しようとする側と、この際、私のようになるようになれではありませんが、ない袖は振れないとする側に分かれて議論するべきだと思います。前出の新聞記者のように、年金支給は当たり前で、消費税から何円取るかなどと辻褄をあわせているようではお話になりません。
「年寄をどうするのか」という根本的な姿勢を決めることが、先決ではないでしょうか。(明日につづく)

2009年2月2日月曜日

44.年金価値の減少

これからの日本が、高齢化社会になることは確定しています。
高齢化社会になると、労働人口が減少します。労働人口の減少は、生産力の低下を意味します。生産力が低下すると、モノ不足になります。モノ不足の解消には、輸入を増やすか新しい労働力を確保するしか方法がありません。しかし、これ以上輸入依存度を上げるのは危険です。自給力を上げるべきです。若年労働人口が減少する中、自給力を上げるには、海外労働者の受け入れか高齢者の雇用促進しかありません。
ともかくこのまま放っておくと、間違いなくモノ不足になります。モノ不足はインフレを招きます。物価が上がるのです。そうすると年金価値が減少します。そう、これがいいたかったのです。
高齢化社会 → 労働人口の減少 → 生産力の低下 → モノ不足 → インフレ → 年金価値の減少
こういう流れです。今予定されている年金で、生活設計できると思い込んでいると、物価の上昇という邪魔者に壊されてしまうのです。一方で少ない労働人口が、大量の年金受給者を支えるという構図は全く変わりません。このように考えると、これからの日本人の老後は真っ暗闇なのです。(明日につづく)

2009年1月30日金曜日

43.画期的な景気刺激策

新贈与のことはともかく、国の税収が減るかどうかという疑問です。答えは、「確かに当該の税収は減るが経済効果が絶大なために、それを充分にカバーしてお釣りがくる」と私は考えています。
たとえばこの制度で1年間に500兆円の資産が、若い世代に移ったと仮定します。そのうちの三分の一、約170兆円を不動産、動産、宝石、自動車などの高価格品の購入に使ったとすると、消費税はじめ取得税・売買税や小売店やメーカーの所得税・法人税まで含めると、30兆円以上の税収が見込めます。最近の相続税の歳入額は、年10兆円台の前半ですから、これだけで3年分の税収はカバーできるのです。2兆円のバラマキ交付金などは、スケールが小さすぎてお笑い種ですよね。つぎに三分の一の170兆円が、金融市場に向かったとします。株・債券・デリバティブなどに大変な好影響を与えることになり、日本国内の各時価総額は間違いなく上昇します。 大変な景気対策になります。
残りの170兆円や500兆円は、もっと劇的に日本の国を活気付けるはずです。すごいことだと思いませんか。
スイスの多くの州では、相続税が0~2%だそうです。その理由は、親が長年税金を払ってきた残りの財産に、さらに税金をかけるのはおかしいとのこと。私のアイデアと一見反対のように見えますが、二つの点で共通しています。私の相続税100%+贈与税0%のアイデアは、実質的に相続税0%だからです。ただ生前に早く相続させるために、贈与税0%とした点が少し違うだけです。もう一つに共通点は、財政が相続税に頼っていない点です。税で取り上げるよりも、子供たちに使ってもらう方を選択している点が同じです。
ともかくこのアイデアは、あくまでも考え方を示したものです。死後にしかもらえない生命保険は国のものになるとか、何歳以上からこの制度を利用できるのかとか細かいことはたくさんあります。これはあくまでも、一つの考え方なのです。相続税を100%とせずに、60%にして、贈与税を0%とせずに20%にしてもいいのです。考え方として、年寄ができるかぎり早く若者に資産を渡すようにしたいのです。(月曜日につづく)

2009年1月29日木曜日

42.新贈与

現実問題としてこのアイデアでは、国の税収(相続税や贈与税など)が激減するのではないかという疑念が起こることでしょう。
今の日本は、相続税の累進性と贈与税にがんじがらめにされています。それでも、数年前から税制が改善されました。いわゆる新贈与というものです。生前に贈与すると2000万円を控除でき、それ以上の額については当座20%の相続税を納めればいいという内容です。少しではありますが、進歩しました。しかしこれも実際の相続が行われる時、つまり親が死んだ時には、本来の相続税との差額を支払わねばなりません。国への支払額は同じなのです。支払わなければならない税金は同じだけれども、早めに相続できるというのがこの法律のメリットです。
長寿社会の危機について、政治家や官僚が少しだけ目覚め始めている兆候でしょうか。(明日につづく)

2009年1月28日水曜日

41.取って置きのアイデア

取って置きのアイデアです。1000兆円にも及ぶ65歳以上の年寄の資産を、若者にシフトする方法です。大雑把な言い方になりますが、こういうことです。

「相続税を100%にして、贈与税を無税にする」

かなり大胆な案です。
ここは細かいことに捉われずに、考え方としてこのような表現を使いました。まず相続税を100%にするとどうなるか。死ぬまで財産をもっていたら、全部国庫に持っていかれます。早く財産を手放さないと、子供に残してやれません。子供も親に、早く手放すように勧めるでしょう。そこに渡りに船。贈与税は無税です。
親が財産を死ぬまで持っていたら全部国に没収、死ぬ前に相続したら贈与税はかからないということです。親の財産は、100%子供のものになるという制度です。すばらしいアイデアだと思いませんか。
それでも、財産を放さない親はいると思います。財産を放したくないという気持ちや欲望が強すぎて、単純な計算ができなくなっているのです。こんな強欲な年寄は、例外ですから放っておきましょう。ほとんどの年寄は頃合いを見て、生前贈与の手続きに入るでしょう。もちろん子供には公正証書で、死ぬまで面倒を見てもらう約束をします。子供も喜んで受け入れます。何しろ親の財産が今、全額は入るのです。1000兆円の資産はあっという間に、年寄から若者に移ります。(明日につづく)

2009年1月27日火曜日

40.老対若

「年寄と若者」はある意味、「現在と将来」という風に考えることができます。そのように考えると、あらゆる政治問題が分かりやすくなります。前に書いた外交、消費税、官僚問題。これらを、「現在と将来」というリトマス試験紙で調べればすぐに判断ができます。政治の分かれ目がハッキリするのです。年金や老人福祉の問題なども、「年寄か? 若者か?」という基準で考えれば、容易に答えが見えてきます。
一見この基準とは関係ないと思われる政治問題についても、判断がしやすくなります。東京オリンピック招致、裁判員制度、外交。外交でも竹島や毒ギョーザ対中問題などは即座に判断できます。グルジアの南オセチアや北アイルランド紛争など、日本と関係の薄い外交問題についても、目先か将来かいずれが国益につながるかと考えれば論議しやすいでしょう。先送りするのか、今すぐ対応するのか、折衷案を許さずどちらか一方を選択するようにするのです。
「年寄党」と、「若者党」の二大政党がこのように主張をハッキリさせれば、国民が政治を理解しやすくなります。政治に興味を持ちます。だから国民の政治的無関心も改善されます。現在の自民党、民主党の最大の関心事である無関心層。いわゆる政治的無関心層は減ります。無関心層の動向で選挙結果が変わるなどという、馬鹿げた状況から脱却できるのです。また、投票する無関心層は、政治にまだ関心があるといえます。本当の無関心層とは、政治に何の期待も抱いていない人々です。特に若者が多いと思います。これらの若者が政治に関心を持てば、1500~2000万票掘り起こせるのです。彼らが期待感を持てば、投票所に行くはずです。
このように、「老」対、「若」という普遍性を持ったテーマを政治判断の基準とすることは、低迷する日本の政治状況を劇的に変化させるキーなのです。(明日につづく)

2009年1月26日月曜日

39.二大政党

仮に、「年寄党」と、「若者党」の二大政党に分けたとします。「年寄党」は、当然のことながら年寄を大事にする政策を訴えます。保守政党です。自民党員は他の党よりも年寄が多いから、「年寄党」に流れる政治家が増えるものと思われます。共産党や社民党も、日ごろ弱者の味方といっていますから、「年寄党」に入党するかもしれません。まさに、呉越同舟ですね。
財政再建や日本の将来を重視するのが、「若者党」です。公共事業はいうに及ばず、福祉や年金を削減してでも、日本の将来を担う人たちを優先する政党です。年寄党が保守的なのに対し、こちらは革新的です。
この二大政党に分けて、政界再編を断行するべきだと考えます。国民には非常に分かりやすい対決になります。「年寄か? 若者か?」 人間の存在の根源を問う論争になること、必至です。
年寄が全員、「年寄党」を支持するとは限りません。年寄の中には、「自分たちの面倒を見るよりも、若い人たちを大事にしてやって欲しい」といった考えの人もいることでしょう。反対に若者の中には、「自分たちを生み、育ててくださった年寄の方々を、いつまでも大事にしてあげてください」と主張する人もいることでしょう。このあたりのところが重要です。私が最も主張したいことの一つは、この謙譲の精神なのです。今、古来より受け継がれてきた日本人の道徳観が、壊れつつあります。公徳心などという言葉は、もはや死語同然です。年長者に対する畏敬の念も、廃れてきています。このままでは日本人が、どこに向かって進んでいくのかわからなくなってしまいます。政治や経済の混迷も大きな原因です。政治家や社会のリーダーたちの生き様も、国民を納得させていません。
いまこそ、「日本人はいかにあるべきか」という大事な命題を、真正面から論議するべきです。論議するべきだと私が騒いでも、誰も論議などしません。論議せざるを得ない状況を作り出すことです。それには国を二分する大命題、「年寄か? 若者か?」 をめぐって、二大政党制にすればよいのです。「年寄党「と、「若者党」の二大政党です。(明日につづく)