昨日の社長以外に10人ほど、戦争生き残りの人たちと話したことがあります。あの社長と違って、皆に共通するのは、自分だけが生き残ってきたという、「後ろめたさ」のような空気を感じたことです。悪い言葉で言えば、男のずるさを感じました。
戦争で苦労をして、生きて帰ってきた方々に対して、悪口を言うつもりは毛頭ありません。ただ純粋な気持ちと勇気を持った人たちのほとんどが、一番乗りをして死んでいったことを忘れてはならないと考えるのです。そして生き残った方々は、戦友の冥福を祈りつつ謙虚に老後を迎えていただきたいと思うのです。余計なお世話だといわれるかもしれませんが、最近やたらと悪くてずるい年寄を見かけるので、ついこの話をしてしまいました。
戦後、権利の主張は当たり前になりましたが、その反対に義務の履行がおろそかになっています。自己責任といってもいいのですが、なんでも国に頼らずに自分で生きていくという考え方が重要です。国民一人一人が国の集めた税金を取り合うのではなく、我慢できるのであれば、謙虚に辞退するという姿勢が大事です。そういう甘いことを言っていると、図々しい奴に全部持っていかれるよといわれるかもしれません。それはそれで、持っていかれない方法を考えればいいわけです。私が言いたいのは、国民一人一人がもっと謙虚になって欲しいということです。先日新聞のコラムで、ある老人の意見が取り上げられていました。
「年寄は年金で若い人たちに負担をかけている。病気でさらに迷惑をかけてはいけない」
こういう心構えのお年寄も、まだおられるのです。(月曜日につづく)
2009年2月12日木曜日
51.強引な社長
大分前の話ですが、私の取引先の社長が生き残りの世代にあたる人で、長い捕虜生活の末に無事帰還されました。その社長は次々と戦友が死んでいく中で、「どんなことがあっても、生きて帰るんだ」という強い意志を貫かれたそうです。そのこと自体は、立派な行動だと思います。戦争から生きて帰ったのだから、おめでたいことです。彼は帰国後、遮二無二働いて企業を立ち上げられました。成功者です。私が問題にしたいのは、彼の人格です。
交渉ごとは、脅しあり賺し(すかし)あり。強引に、何が何でも自分の思い通りに進めるのです。相手の立場など眼中になく(実は相手をよく観察しているのですが)、ただひたすら自分のために交渉を進めるのです。たいていの交渉相手は、屈服するか逃げ出してしまいました。私はこの人を見ていて、金は腐るほど稼いだけれども、それと反対になくしていったものがあることに気づきました。なくしていったものとは、人間の品性です。
彼にとって一番大事なのは自分であり、二番目は家族。他人の中では、自分の商売に協力してくれる人だけ仲間にしてくれます。彼の価値観は、金や名誉だけです。ともに戦って死んでいった戦友やその家族のことなど、胸中に一瞬でも去来することはあったかもしれません。しかし、それは過去のことであり、大事なのは現在の自分のことなのです。
私はこの社長を見て、戦争で生き残るということは生易しいことではないと思いました。戦争で生き残って帰ってきたという経験が、その後の人生に大きな影響を与え続けたことは間違いありません。そしてこの社長の場合は、その経験がなりふり構わぬ商売のやり方につながっていったものだと考えられます。(明日につづく)
交渉ごとは、脅しあり賺し(すかし)あり。強引に、何が何でも自分の思い通りに進めるのです。相手の立場など眼中になく(実は相手をよく観察しているのですが)、ただひたすら自分のために交渉を進めるのです。たいていの交渉相手は、屈服するか逃げ出してしまいました。私はこの人を見ていて、金は腐るほど稼いだけれども、それと反対になくしていったものがあることに気づきました。なくしていったものとは、人間の品性です。
彼にとって一番大事なのは自分であり、二番目は家族。他人の中では、自分の商売に協力してくれる人だけ仲間にしてくれます。彼の価値観は、金や名誉だけです。ともに戦って死んでいった戦友やその家族のことなど、胸中に一瞬でも去来することはあったかもしれません。しかし、それは過去のことであり、大事なのは現在の自分のことなのです。
私はこの社長を見て、戦争で生き残るということは生易しいことではないと思いました。戦争で生き残って帰ってきたという経験が、その後の人生に大きな影響を与え続けたことは間違いありません。そしてこの社長の場合は、その経験がなりふり構わぬ商売のやり方につながっていったものだと考えられます。(明日につづく)
2009年2月10日火曜日
50.一番乗り
醜い老人が増えている一方で、ずるい老人も増加しています。偏見かもしれませんが、太平洋戦争の生き残りの80代の男性に多いような気がしています。
「戦友の遺骨を抱いて」という軍歌があります。
一番乗りをやるんだと~ 力んで死んだ戦友の~ 遺骨を抱いていま入る~ シンガポールの街の朝~
敵陣に一番乗りをかければ、撃ち殺される確率は限りなく高いはずです。お国のためと思って純粋な気持ちで真っ先に突っ込んで兵たちは、ほとんど死んでしまったと思います。何度もの突撃で、常に一番乗りを目指していれば、命がいくつあっても足りません。映画、「コンバット」のサンダース軍曹のような兵隊は、実際には存在しなかったと見るべきでしょう。
ともかく、生き残った人たちには申し訳ないですが、一番乗りのような行動をとらなかったから生き残ったのではないと思うのですが、いかがでしょう。生き残ったことが、悪いと責めているのではありません。逆に生き残りという選択肢も、当然あっていいとは思います。私が言いたいのは、体を張って先頭にたたなかったから、生き残ったという事実です。(明後日につづく)
「戦友の遺骨を抱いて」という軍歌があります。
一番乗りをやるんだと~ 力んで死んだ戦友の~ 遺骨を抱いていま入る~ シンガポールの街の朝~
敵陣に一番乗りをかければ、撃ち殺される確率は限りなく高いはずです。お国のためと思って純粋な気持ちで真っ先に突っ込んで兵たちは、ほとんど死んでしまったと思います。何度もの突撃で、常に一番乗りを目指していれば、命がいくつあっても足りません。映画、「コンバット」のサンダース軍曹のような兵隊は、実際には存在しなかったと見るべきでしょう。
ともかく、生き残った人たちには申し訳ないですが、一番乗りのような行動をとらなかったから生き残ったのではないと思うのですが、いかがでしょう。生き残ったことが、悪いと責めているのではありません。逆に生き残りという選択肢も、当然あっていいとは思います。私が言いたいのは、体を張って先頭にたたなかったから、生き残ったという事実です。(明後日につづく)
2009年2月9日月曜日
49.菩薩のような年寄
私が中高生くらいの時までは、確かに菩薩のようなお年寄がおられました。
勉強のできない孫が親に叱られても、「勉強ができなかった子のほうが、大人になったら偉くなるから心配はいらないよ」といってくれるおばあちゃんがいました。学校の門番をしていた守衛のおじいさんは、生徒が学校から帰るときには最敬礼をして見送ってくれました。心が広くて清らかなお年寄が、たくさんおられました。
それに比べて、現在の年寄の品のなさにはあきれます。もちろん年寄の一部ではありますが、昔はいなかったタイプの品のなさです。騒音おばさんやゴミ屋敷じいさんなど、常識では考えられない年寄が出現しています。他人に対する思いやりとか迷惑をかけないという心配りが、全く欠如している人たちです。
醜い老人が増えています。(明日につづく)
勉強のできない孫が親に叱られても、「勉強ができなかった子のほうが、大人になったら偉くなるから心配はいらないよ」といってくれるおばあちゃんがいました。学校の門番をしていた守衛のおじいさんは、生徒が学校から帰るときには最敬礼をして見送ってくれました。心が広くて清らかなお年寄が、たくさんおられました。
それに比べて、現在の年寄の品のなさにはあきれます。もちろん年寄の一部ではありますが、昔はいなかったタイプの品のなさです。騒音おばさんやゴミ屋敷じいさんなど、常識では考えられない年寄が出現しています。他人に対する思いやりとか迷惑をかけないという心配りが、全く欠如している人たちです。
醜い老人が増えています。(明日につづく)
2009年2月6日金曜日
48.醜い老人
30年ほど前、消費者への還元セールで、お年寄を劇場に無料招待したことがありました。朝早くから長蛇の列となりました。夏のことで、列の後ろの方のお年寄たちは、直接太陽光にされされました。その時に、一人のおばあさんが叫んだのです。
「年寄を殺す気かあ~!! 」
もう少し他に、ものの言いようがあるのではないでしょうか。暑いから早めに入場させて欲しいとか、日傘のない人だけ建物の陰に移動させて欲しいとかいわれるのなら分かります。しかし、無料で招待されておきながら、「殺す気かあ~」はない、と思いました。結局早めに場内に誘導したのですが、あの時の品のない言葉はいまだに忘れません。暑くても我慢するか、我慢ができなければ上記のようなお願いをすればいいのです。あの頃から品のない年寄が、出現し始めたように思います。
私がもっと若い頃には、菩薩のような年寄がおられました。(来週につづく)
「年寄を殺す気かあ~!! 」
もう少し他に、ものの言いようがあるのではないでしょうか。暑いから早めに入場させて欲しいとか、日傘のない人だけ建物の陰に移動させて欲しいとかいわれるのなら分かります。しかし、無料で招待されておきながら、「殺す気かあ~」はない、と思いました。結局早めに場内に誘導したのですが、あの時の品のない言葉はいまだに忘れません。暑くても我慢するか、我慢ができなければ上記のようなお願いをすればいいのです。あの頃から品のない年寄が、出現し始めたように思います。
私がもっと若い頃には、菩薩のような年寄がおられました。(来週につづく)
2009年2月5日木曜日
47.補助金
J・F・ケネディ米元大統領の有名な演説があります。
「国がわれわれに対して何をしてくれるかではなく、われわれが国に対して何ができるか・・・・・」
そう、国に期待しないことです。去年石油が値上がりした時に、漁業が大打撃を受けました。全国規模で、漁船が休漁しました。漁船の水揚げでは石油代をカバーできず、赤字操業になるからです。そこで、政府に対して補助金を出すようにという声が出てきました。このままでは、日本の漁業人口は激減し、立ち直れなくなるというのが主な理由でした。
しかし、待ってもらいたい。赤字になるのなら、魚の値段を上げればいいのです。ところが、複雑な流通機構のせいで、値上げできないというわけです。しかし、値上げができないのは業界の問題であって、それを放っておいて、国に税金の一部をよこせというのは筋違いです。困ったらすぐに業界ぐるみで、国にお金をせびる体質は、国民の理解を得られません。まず赤字を出さないように、魚の値段を上げることです。セリだから、勝手に値段を上げられない? その場合は、損益の最低価格を決めてそれ以下なら売らないことです。そのようにして市場でつけられた価格が、消費者に受け入れられればそれでとりあえず解決です。受け入れられなければ、そのときに対策を考えればいいのです。努力もせずに、補助金に頼るというのは感心しません。相場が動いて石油価格が下落した現在、「補助金をよこせ!」という声は鳴りを潜めました。あの叫びは一体、何だったのでしょうか。(明日につづく)
「国がわれわれに対して何をしてくれるかではなく、われわれが国に対して何ができるか・・・・・」
そう、国に期待しないことです。去年石油が値上がりした時に、漁業が大打撃を受けました。全国規模で、漁船が休漁しました。漁船の水揚げでは石油代をカバーできず、赤字操業になるからです。そこで、政府に対して補助金を出すようにという声が出てきました。このままでは、日本の漁業人口は激減し、立ち直れなくなるというのが主な理由でした。
しかし、待ってもらいたい。赤字になるのなら、魚の値段を上げればいいのです。ところが、複雑な流通機構のせいで、値上げできないというわけです。しかし、値上げができないのは業界の問題であって、それを放っておいて、国に税金の一部をよこせというのは筋違いです。困ったらすぐに業界ぐるみで、国にお金をせびる体質は、国民の理解を得られません。まず赤字を出さないように、魚の値段を上げることです。セリだから、勝手に値段を上げられない? その場合は、損益の最低価格を決めてそれ以下なら売らないことです。そのようにして市場でつけられた価格が、消費者に受け入れられればそれでとりあえず解決です。受け入れられなければ、そのときに対策を考えればいいのです。努力もせずに、補助金に頼るというのは感心しません。相場が動いて石油価格が下落した現在、「補助金をよこせ!」という声は鳴りを潜めました。あの叫びは一体、何だったのでしょうか。(明日につづく)
2009年2月4日水曜日
46.公正な議論
よく大声で、「戦争は絶対にいけない、無条件でやめるべきだ」と叫んでいる人々がいるが、彼らがいくら叫んでも戦争はなくなりません。観念的に、「〇〇はダメ」と決め打ちしてしまうのは、単なる感情論です。そのような人は内戦が起きているアフリカに出かけていって、「戦争はダメよ」などというプラカードを担いで、戦争反対を訴えてみてはどうでしょうか。撃ち殺されるのがオチです。
戦争がよくないことは、誰でも分かっています。戦争はよくないが、それを前提とせず、「どうすれば戦争を避けられるのか」という議論をするのが大人のやり方です。中には、避けて通れない戦争というものも考えられるはず、といった意見も出るかもしれません。そういう意見も言わせたうえでの議論でなければならないと思うのです。頭から戦争反対だけを前提にした議論は、偏っています。
「年寄を大事にしなくてはいけない」も同じことです。無条件かつ観念的に、年寄が大事な存在だと決めてかかるのは感情論です。私も、年寄を大事にするのは当たり前という教育を受けてきました。だから年寄を大事にするのは当たり前、という前提に立ちそうになることがありました。しかし冷静に考えれば、年寄以外の、たとえば赤ちゃんは大事にしなくてもいいのかとか、手がつけられないほどたちの悪い年寄を大事にする必要があるのかといった疑問が残ります。やはり年寄も含めて、人間皆が大事だということでしょう。その前提に立って、「年寄を大事にするということは、具体的にどのようなことを指すのか」という議論をするべきだと思います。そうすれば当然、大事にしなくてもいい年寄だとか、年寄を大事にしなくてもいい場合などという概念も生まれてくるはずです。なにがなんでも、「ダメなものはダメ」式の発想では、話し合いになりません。
考え方の土台に価値観の共通部分を残しながら、あらゆる可能性を追求していく姿勢を持つことが、公正な話し合いです。時代とともに、年寄の概念も変化していくはずです。今までの固定観念を捨てて、年寄をどう扱うかについて、国を挙げての議論をするべき時期に来ています。(明日につづく)
戦争がよくないことは、誰でも分かっています。戦争はよくないが、それを前提とせず、「どうすれば戦争を避けられるのか」という議論をするのが大人のやり方です。中には、避けて通れない戦争というものも考えられるはず、といった意見も出るかもしれません。そういう意見も言わせたうえでの議論でなければならないと思うのです。頭から戦争反対だけを前提にした議論は、偏っています。
「年寄を大事にしなくてはいけない」も同じことです。無条件かつ観念的に、年寄が大事な存在だと決めてかかるのは感情論です。私も、年寄を大事にするのは当たり前という教育を受けてきました。だから年寄を大事にするのは当たり前、という前提に立ちそうになることがありました。しかし冷静に考えれば、年寄以外の、たとえば赤ちゃんは大事にしなくてもいいのかとか、手がつけられないほどたちの悪い年寄を大事にする必要があるのかといった疑問が残ります。やはり年寄も含めて、人間皆が大事だということでしょう。その前提に立って、「年寄を大事にするということは、具体的にどのようなことを指すのか」という議論をするべきだと思います。そうすれば当然、大事にしなくてもいい年寄だとか、年寄を大事にしなくてもいい場合などという概念も生まれてくるはずです。なにがなんでも、「ダメなものはダメ」式の発想では、話し合いになりません。
考え方の土台に価値観の共通部分を残しながら、あらゆる可能性を追求していく姿勢を持つことが、公正な話し合いです。時代とともに、年寄の概念も変化していくはずです。今までの固定観念を捨てて、年寄をどう扱うかについて、国を挙げての議論をするべき時期に来ています。(明日につづく)
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